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2012年10月

2012年10月28日 (日)

シェーファーのボールペン / SHEAFFR 緑軸 B.P Sentinel

シェーファーのボールペン / SHEAFFR 緑軸 B.P

          2012年10月28日初出
          2012年10月31日訂正と加筆

最近 好んで使っているのがこれ。

SHEAFFR のボールペン。それ以上の正式名称を実は知らない。

軸色はモスグリーン で良いのだろうか。実際の色味はもっと深め。うっすらと青も入っているようだ。光の加減で色味が変わる。
他ではなかなか見かけない軸色だ。

シェーファーの万年筆は渡米した時に買う気満々だったのだが、これがさっぱり出会わない見かけない。
立ち回り先や探索エリアが悪かったのだろうが致し方ない。


これは普段使いのボールペン。最近日本で入手したもの。軸の色に惹かれた。



サクッとシャツの胸ポケットに挿さっているボールペンには、少し上のクラスにクロスのボールペンがあり、このクラスには パーカーのボールペン ジョッターが君臨しているワケです。シェーファーにとってはコイツが強敵だろう。
だが個人的にはパーカーのジョッターにはなぜだかあまり食指が動かない。

パーカーのボールペンはオールステンレス軸の フライター を持っているのだが、コイツが滑る。タフでカッコイイし、ノック音、ノック感が良いので好きなのだが、とにかく滑るし、長文には向かない。もっともメーカーも長文の筆記用には想定してはいないだろうが。

パーカーのジョッターといえば、以前、海外旅行のおみやげにパーカーのジョッターを箱で買ってきて(平箱で30本位入っている!!)みんなに配っている豪傑がいた。まるでチョコレートでも配るように。
ひとり何本でもどうぞ といった具合だ。
いいんですかと片手で5〜6本掴む者も多数。さすがに、なくなるんじゃないかとの心配をよそに、まだあるからとその背には箱が何段も積まれていた。
私も1本頂戴したが、その後にどこかにいってしまった。
ので、いつものように話がそれたが現時点での比較はできない シェーファーのボールペンである。


シェーファーのボールペン / SHEAFFR 緑軸 B.P

まずはクリップが良い。シャツの胸ポケットにスッと挿してスッと抜ける。使い勝手は抜群だ。
ポケットに収まっている時には自己主張しない。 シェーファーの ホワイトドット に気付く人は少ないだろう。収まり姿はスマートである。

筆記具を常に携帯する者にとって、クリップの出来は 非常に重要である。

ただ一つ 欠点を挙げるとすれば、深く挿さり過ぎてやや抜きにくい事 であろうか。
ただしこれはシェーファーのポリシーだと感じている。後述する。



シェーファーのボールペン / SHEAFFR 緑軸 B.P

軸の強度,質感と太さは申し分ない。軸の太さは指先で保持するポイントまで一定の太さを維持しており、細くなったりしていない。ここが細いと私的には使いづらいと感じてしまう。

先端にむかって徐々に細くなってゆき美しいラインを保ったままペンポイントで収束している。完璧だ。


ノック式なので重要なノック感だが、これはシェーファー独特のものである。
諸兄には ラミー のボールペンのノック感に近い といえば伝わりやすいだろうか。
ストロークの深さ,カチッとした作動音と指先に伝わる感覚は好ましいものである。
違いは押し込みの深さと軸の長軸方向の中心から離れたストロークポイントである。

・押し込みの深さ
実際の押し込みの深さはたいして変わらないだろうが、しっかり最後まで押し込まなくてはならない点.これは特に気にならないレベル.

・長軸方向の中心から離れたストロークポイント
私の手は手袋ならLサイズ.決して小さくはないが、手の大きなアメリカ人には丁度良いのかもしれない.
軸の長さは標準的だが,ペン先収納時に私的には意識的にやや後方に握り直す必要があった.他のボールペンではこのような事はなかった.すぐに慣れたが.
リリースするためには深く最後まで押し込まなければならない.これもシェーファーのポリシーだと考えている.
しっかりと押し込む事で意識にしっかりと働きかける. 短い付き合いだが これが シェーファーらしさ なのだろうと考えている.


不用意に脱落しない.不用意にノックされない.不用意にノックが解除されない。
確実な動作は言うに及ばず,誤作動を嫌う傾向だ.
さすがはスペースペンで名を馳せた シェーファー だと思う。

2012年10月31日追記
訂正ついでに名前を調べてみた。Sentinel センチネル というらしい。表題にも追記。
「ザ・ボールペン」 といった書き味だ。リフィルを含めた軸の硬度とインクの出具合が良いバランスだ。
ダマダマにならないのがまたイイ。たまに書き出しのかすれがあるが、それはボールペンという筆記具の特徴であり、なんら問題はない。
B.Pとしてこれ以上加えるものはないし、不要なものもない。軸の色だけが唯一の贅沢である。
長く使ってゆきたい逸品である。
アメリカ人は不変のスタンダードを好むようだ。移民としての開拓魂とその果としての安住の魂 なのだろうか。



私の中で現在、私の最も信頼する カランダッシュ エクリドール シェブロン B.P に迫っている。
(この記事は あちらのブログに置いてきたようだ。)


それどころかこの ボールペンは、私の筆記具首位の万年筆をその座から追い落とす勢いである。

2012年10月14日 (日)

腕時計のケースデザインの推移とブレスの謎 / SEIKO QUARTZ QT,セイコーファイブ SNK355K

腕時計のケースデザインの推移 / SEIKO QUARTZ QT,セイコーファイブ
腕時計のケースデザインの推移 / SEIKO QUARTZ QT,セイコーファイブ

1枚目が セイコー クォーツ QT
2枚目が セイコー ファイブ 現行モデル

と 書かなくても新旧の違いがお判りになるハズだ。

写真は 最も多く 私の視界に入るアングル。
ちなみに時計が巻かれている黒い物体は私の腕ではない。

QTは1970年半ばのデザイン。
厚みを出さないように頑張ってはいるが、単体でみると 小さくしようとするあまりにかえって厚みを感じさせる。

キャリバーの納まっているエリアは当然フラット。そこからラグがやや下方に向いてはいるが ほぼフラットに伸びている。

実はこの 08QT のケースの径は36mm とやや小さい。クォーツになってその小型高性能をアピールする意味もあって径は小さくなっている傾向。小さいのも手伝ってラグのアングルもこれで成立している。
今のデカ厚時計と違って シャツの袖口をボタンやカフスで止めて、その中にキチンと収まる。


二枚目
ファイブ。
シースルーバックになった分 厚みがでている。ラグがケースから自然に下がってきている。なかなかに上手い。こういったアールは旧い製品にはない。

ファイブ といえば旧いイメージだが、現行モデルは現代風デザインになっている。
ベゼルの厚みは同程度だがQTより厚さを感じさせない。


ちなみにこの写真ではわからないが、両者のケースの大きさは見た目では ひとまわり ファイブの方が大きい。
ケース径
QTは36mm
ファイブは38mm

たったの2mmだが、この違いが見た目の一瞬で決定的にQTを旧い時計だと感じさせる。



人間の目はすごいものだ。



腕時計のケースデザインの推移 / SEIKO QUARTZ QT,セイコーファイブ

1枚目の同じ写真で恐縮だが、このブレスの製造法が私にはわからない。
ラグとは弓カン(ゆみカン,フラッシュフィット というとかっこいい?)部でバネ棒で接合されている。
1コマ目はピンでつながっているが、2コマ以降はピンが無いのだ。それでいて滑らかに屈曲110度、伸展5度(目視)の可動域をもっている。

ステンレスのコマの関節はどうなっているのだろう。

2012年10月 3日 (水)

第二精工舎亀戸工場 と SEIKO Quartz 08QT と耐用年数

第二精工舎亀戸工場 と SEIKO Quartz 08QT と耐用年数

          2012年10月03日初出
          2012年10月14日加筆修正


SEIKO Quartz QT.

08QT という事になるでしょうか。

このブルーの文字盤は なかなかに凝った造り。どのような手法なのだろう。ルーペで観察しながら想像してみた。

・アルミのプレートに青い塗料を厚めに載せる。
・塗料が軟らかいうちに目の細かいステンレスの網を 完全に沈まないように沈める。
・不規則に網目の縦横ラインが見え隠れする。
・適度に乾燥させる。
・オーブンで焼く。

こんな感じだろうか。

でも実はこの凹凸のあるサーフェスに、白で小さな QUARTZ とか QT とかを正確にプリントする方が難しいかもしれないと思う。

あ. インクジェット.エプソン. セイコーエプソン.偶然か?



今回の前半部分は、SEIKO の初期の力作のクォーツ式腕時計 QT を眺めながら、私の記憶だけで記録する。
旧い伝聞もあるので間違いは多々あるだろう事をお断りしておきます。


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19XX年
総武線で都心部から千葉、西船橋方面に向かう。
錦糸町駅で下車。北口の方が近道だがあえて改札から南口駅前のロータリーに向かう。北口は再開発されており、当時の面影とはかなり違っている。

改札を出て南口駅前ロータリーを見ると、向かいの右手奥方向に丸井錦糸町店が見える。手前の魚屋はいつも繁盛している有名な店だ。
左(東)に向かう。楽天地。Livin(旧西武)が見える。
信号を渡らずに左に折れて北に向かう。ガードをくぐって右手にロッテ会館が見える。一つ目の交差点の はす向かいが錦糸公園。

錦糸公園。 春になると花見客でいっぱいになる。
太平洋戦争の空襲の時に焼夷弾でこのあたり一面も焼き尽くされ、炎から逃れようと川に飛び込むも火炎の川面から逃れられたものはほとんどなかったらしい。
錦糸公園は幾重にも重なったおびただしい数の亡骸で埋め尽くされたという。この錦糸公園だけで、9.11 レベル といわれている。
都内はいうに及ばず、このあたりには証人がまだまだご健在だ。たいへんに重要な体験談である。

現在は 錦糸公園の北側ブロックは再開発され 新しい商業施設ができている。移転前には旧い3階建てだったろうか  クリーム色(?)の建物が敷地内に林立していた。これが私の知る 精工舎 である。
地元の人は「せいこうしゃ」と呼んでいた。
旧いセイコーの時計の話にはたびたび出てくる 亀戸(かめいど) と 諏訪 だが、これが 亀戸 の方である。

KITAさん からご指摘を受けた。(コメント欄) 調べてみて自身の記憶の空白と勘違いに気付かされた。
私は精工舎が疎開して戻った時に第二精工舎になったと何時からか思っていた。
現在のJR錦糸町駅から亀戸駅に向かって(京葉道路を東に向かって)走ると、亀戸駅の南側を通り過ぎてすぐ右手方面(南側)に 第二精工舎亀戸工場 があった。結構な敷地面積を持っていた。
精工舎の腕時計部門は戦前に第二精工舎(現在の亀戸6丁目)に分かれている。こちらが所謂『亀戸(かめいど)』である。

精工舎は錦糸町。
第二精工舎は亀戸にある。



第二精工舎亀戸工場 精工舎 は亀戸駅より錦糸町駅の方が近かった。


精工舎の建物の造りは戦前のスタイルであり、ファサードはアールデコ調だった。皮肉にも空襲で焼け落ちなかったようである。この古ぼけた 精工舎 が、あの SEIKO の時計を作っているとは到底信じられなかった。もっともこの頃 私はセイコーの腕時計に興味はなかった。
私が初めて精工舎の建物を見た時には、すでに中身は結構なハイテク工場だったのかも知れない。

当時の雰囲気を持つ建物が、江東区の白河にもあったが、これも姿を消した。こちらは同潤会。
近い世代で有名なのが 同潤会青山アパートメント だろうか。(現在は表参道ヒルズ。)
しかしこれも安藤先生により一部にその面影が残されてはいるものの、すでに姿を消している。
いづれも日本の鉄筋コンクリート3階建ての初期のグループだろう。

ちなみに現在の亀戸は江東区。錦糸町は墨田区だ。東京のミドル世代には、精工舎は錦糸町のランドマークだったようだ。シニア世代には 亀戸 かもしれない。

亀戸といえばかなり広範なエリアだが、その西の外れにある 第二精工舎亀戸工場跡地 精工舎の跡地の最後の住所は現在の墨田区太平町(たいへいちょう)になる。

もっともこの精工舎の東側の端から、隅田川の支流の運河を一つ隣のブロックへと渡ると江東区亀戸になる。その東の先にある亀戸のランドマークからは近い距離だ。

精工舎竣工当時(戦前)と現在(戦後)では、区割や住所は変わっているだろう。
江戸末期にはたいそう賑わったという亀戸 と、戦後の歓楽街のイメージを引きずる錦糸町では、印象が随分違う。

北へ向かうと東京スカイツリー(墨田区)だ。歩けない距離ではない。


悲惨の二文字でしか表現できないような経験をしたこの墨田の地から のちに世界一が少なくとも2つ誕生しているのは偶然ではあるまい。

現在の SEIKO の発展を見るに、当時の墨田,亀戸エリアの惨状に創業者一族がおおいに心を痛めたのは間違いないだろう。


服部時計店の創業の地は、現在の銀座 和光。
東京在住の方はご存知だろうが、銀座 和光 は日曜祭日には営業していない。日曜祭日に銀座を訪れる観光客的庶民は 彼らの顧客ではない。
最近の銀座には ハリー ウィンストン  などもあり、(まぁこの店に紹介者なしに1人で入るには並々ならぬ勇気が要るが。)一見の客を寄せ付けない店は銀座には多い。

話がそれたが、服部時計店の製造部門が 精工舎(亀戸)(錦糸町) と 第二精工舎(亀戸)である。
戦時に長野県の諏訪に疎開(移転)したらしい。こちらが 諏訪。以後はこちらが製造のメインとなるようだ。
戦後、民間に返還された亀戸の精工舎が、第二精工舎亀戸工場と呼ばれる事になる。諏訪精工舎の方が敷地設備に勝っていたのだろう。

戦後 創業者のもとに帰ってきた 精工舎と第二精工舎亀戸工場は、地元の復興に充分に寄与したと思われる。

私の知る限り 亀戸精工舎は地元の人々に愛されていたようだ。


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一方の 諏訪 には私はあまり縁がない。

そのあたり出身の(およそ腕時計に興味はない)知人によると、諏訪のあたりにはたくさんの精密機械工場があり、昔はいろいろあったらしい。
高度経済成長期の話である。

日本の高度経済成長期には勢いがあった。特に70年代以降から80年代の日本の工業製品の出来は最高だろう。
近頃は製造技術が上がり、素材もかなり自由にコントロールできるようになってしまった。耐用年数ギリギリで製造するので、一昔前の製品より明らかに質が落ちているものが多い。
たとえば、70年代後半竣工の とある建物の壁の電灯のスイッチ。某N社(現P社)製である。しっかりとした造りで今だ現役だ。流石だ。この時代の工業製品は耐用年数の設定が現在とは違う。 絶対に壊れないように くらいの気概で造ってある。
(使用頻度の高いものはさすがに壊れたものもあるが。 )

一方の(某N社)現P社製造の新しいスイッチは、7年程で 壊れてはいないが腰砕けになっている。初めのカッチリしたクリック感がなくなっている。ペナペナである。使えてはいるが、スイッチとしてはダメダメである。10年間持つかどうか といったところだろう。


ここでセイコーの初期のクォーツである。一部は電気で動いている。
旧い電気製品が壊れる原因の多くは電解コンデンサの寿命にかかっている。
私は精度の高い工業製品,特に大切なものは自分でバラしたりはしないので推測だが、
この時代のセイコーに組まれている超小型のコンデンサが汎用品であるハズがなく、当時の最高級の品質をもっていると考えるのが妥当だ。
コンデンサの一般的な寿命は 当てはまらない。
38年後の今も動き続けている。

頑丈に作ってあるとは言え、正直なところいつまでもつかはわからない。バッテリーの電圧がやや落ち始めると秒針が時々2〜3秒停止し、大幅に遅れが出る。ついに今回で終わりか と思う。

しかし、バッテリー交換で再び正確な時を刻む。


こんなにも長寿命の時計を作っていたら、次の商品が売れないでしょうね。



特に大きなメンテナンスはしていないが、ほぼ全ての作業が横から見えるレイアウトを持つ時計店に必要な時に預けている。バッテリー交換の時に シールにシリコングリスを塗布してから裏蓋を閉める作業が見える。



たいした縁ではないが、私には亀戸精工舎の方が馴染みがある。
このクォーツの腕時計には亀戸工場のマークがついている。


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第二精工舎亀戸工場 と SEIKO Quartz 08QT と耐用年数

以下は、この個体のデータ。ここからは先達の情報に感謝します。

SEIKO Quartz QT (08QT  という事になろうか。)


裏蓋の刻印

・495891
(1974年9月製造.下4桁はケースナンバーといわれている.)

・JAPAN A
(末尾の A の意味は不明.)

・第二精工舎亀戸工場マーク

・STAINLESS-STEEL

・0823-7000-G
キャリバーNo.0823
文字盤の直径は27mm
000 は初号機
末尾のG は風防の取り付け方法が特殊なタイプらしく、現在は代替品がない。



文字盤
12時下

・SEIKOのアップライトロゴ

・QUARTZ のプリント

・QT のプリント


6時上

・セイコーのクォーツのアップライトのロゴ

・第二精工舎亀戸工場のマークのプリント

・JAPAN 0823-7010R
(0823 はキャリバーナンバー.文字盤の直径27mm.010R は文字盤のバリエーション.)


ベルト
・XLB 121(727にも見える。)(121のようです。)

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先日バッテリー交換をお願いした時に、中の写真を撮るのを忘れてしまった。

また次の機会に。。。

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